物事をもっと普及させたい。そんな時に議論になるのがオープン化だ。
物事の何をオープンにして、何をクローズにするかが議論の焦点だ。
みんなに使ってもらうなら、どう使うかを含めて開示するのは当たり前だ。
でも、すべてを開示してしまうと、そのままコピーが出来てしまい、利益は生まない。
そこで、アルゴリズム、製造技術などをブラックボックスにして公開する。
広くみんなに使ってもらうなら、使いやすさと費用対効果の高さだ。
開発費が利益で十分に賄え、次の物事に着手できる形にするのが理想だろう。
やっかいなのは、今の世の中、なかなかブラックボックスを守るのが難しいことだ。
作り手と繋がってでもいない限り、「こんな物事を作ってくれてありがとう」とはいかない。
逆に、これは流行りそうだから、「どうコピーすればいいかを考えよう」となることも多い。
効率化を突き詰めてしまうと、どうコストを下げるかにすぐに頭がいってしまう。
コピーする時間を掛けるくらいなら本物を使って、早く進める。こうありたいものだ。
オープン化では別の問題もある。今の世の中、独立して成り立つ物事はあまりない。
新たな物事を、既存の物事の上に載せて使う場合の方が圧倒的に多くなる。
その際、載せるには既存の物事に変更を加える必要が出てくる。そこで問題が起こる。
変更を加えたら保証の対象から外れる。要するに勝手にいじってはいけないのだ。
装置を手の内に入れて、自分で改造して、装置の力を最大限引き出している人は気にしない。
でも、少し保守的なメーカー推奨の使い方をしている場合は、保証はマストだ。
本来なら既存の物事の人と、そこに載せる新たな物事の人がタッグを組むのが良い。
そうすれば、使う側は大きな価値を生み出せるようになる。こんな常識も生み出していきたい。