本歌取りを流行らせる。

「有名な古歌(本歌)の1句もしくは2句を自作に取り入れて作歌を行う方法」だ。
歌学における和歌の作成技法の1つで、様々な作品に使われているらしい。
 主に、本歌を背景として用いて、奥行きを与え、表現効果の重層化を図るときに使う。
なかなか理解が難しい。本歌の素晴らしさを借りてこようという考えだろうか。

替え歌。これは親しみが深い。小さい頃から大人になっても誰もが楽しんできた。
歌詞の一部を変えて歌う事で、オリジナルの力も借りながら、自らの表現を生み出している。
オリジナルがあるからこそ、周りの人の耳に届くし、何十年かたっても記憶に残る。
ある人が作った替え歌は、他の人が作る替え歌を生み出し、創造があちこちに生まれる。

いまではTikTokだ。オリジナルのダンスを真似る中でも、独自のアレンジをしていく。
ダンス自体は完コピでも、その速さや衣装に工夫を凝らす。ダンス自体をアレンジする。
色々な創造が次々と始まっている。これをTikTokと呼んでもいいかもしれない。
なんとなく、昔のコピーを取りをゼロックスやる、検索のググるもそんな感じだ。

名前の付け方はともかく、替え歌もTikTokも共に、要は本歌取りだ。線がつながった。
日本人の改善の文化とも通ずるものがあるかもしれない。真似をするが独自にアレンジ。
今あるものをベースに、品質や性能を高める。高め続ける。本歌取りし続けるのだ。
でも、初めから本歌取りでは今の若者には伝わらない。改善だとおそらくワクワクしない。

だからこその、替え歌やTIkTokなのだろう。説明なしにいくらでも広がった。
いやまて、本歌取りも改善も、説明なしに勝手に広まったはずだ。その当時は。
要は、その時代に住む人にあった言葉や伝え方があるということだろう。
あ、要はマーケティングだ。しっかりと伝えたい人の顔を思い浮かべて発想すればいいはずだ。