常識と意志

ある物事を成し遂げようとする積極的な気持ち。意志の意味だ。意思よりも感情がこもっている。
意志堅固は意志が揺るぎないこと。信じて突き進むといったイメージだろう。行動に迷いがない。
こうした意志を持てると、何かを成し遂げられる可能性は格段に高まるのではないだろうか。
では、意志はどのようにその人の中に生まれてくるのだろうか。少し考えてみたい。

アーティストは色々な物に触れる中で、自分にもできる、自分ならこうすると変化したのだろうか。
恐らく、多様なものを取り込みながら、自分でも描きながら、作風の好みが自然と生まれてきた。
学ぶ姿勢も勿論あったと思うが、自分なりの表現を楽しむ、観てもらうが増えていくのだろう。
絵の世界にも、勿論常識や定石はあるのだと思うが、そこから外れる多様性に触れやすいのだろう。

絵の世界では常識から離れることも、常識と言って良いのかもしれない。だから作風は無限にある。
ビジネスの世界でも、表現方法は無限にあるはずだ。独自性がある方が良いビジネスな気がする。
でも世の中にはビジネスの勝ちパターンが書かれたノウハウ本が多く出ている。事例と共に学べる。
勉強すればするほど、「こうしなければいけない」という感覚に襲われるような気がしてくる。

自分のやりたいことが、その正しいとされる勝ちパターンに似てくる。人にも理解されやすい。
「常識」が勢力を増してくるのだ。それと共に、独自性が失われていく。これでは何かが違う。
ビジネスなら、顧客がお金を払う独自の価値があることが必要だ。これは間違いなく常識だ。
でも、マーケティングの個別の手法や成功した会社の勝ちパターンは常識ではないと思う。

これらは必ず使わなくてはならないものではない。ある組み合わせでないとダメなものでもない。
勿論、使ってもよいものではある。だから、勝ちパターンも個別の手法にバラしておくのが良い。
自分のやりたいことに、役立てる個別の手法を意志をもって都度選んでいくことが大事だ。
常識は少なく持つ。減らした部分の常識は選択肢として捉える。意志が持ちやすくなるはずだ。