ありたい姿を見据える

予算組をして、計画を遂行していく場合、進捗管理が必要になる。
もちろん、定量的な目標も決めるが、ありたい姿という定性的な目標もある。
定量的な目標はある意味、結果なので決めてしまえば、それを数えればいい。
一方で、定性的な目標は設定が意外と難しい。イメージの共有がいるからだ。

ただ、世の中では、必要な項目をやったかどうかや、その達成度を5段階で聞くものが多い。
項目が名称だけだと、その意味合いは答える人の解釈次第で大きく変わってしまう。
ある程度その項目に触れたことが進めていれば、レベル4の回答に収斂するのが人の常だ。
それでは意味がない。大事なことはそれぞれの項目で到達すべき姿を明確に定義することだ。

ここまでは項目のありたい姿の話をしてきたが、最も見落としがちなのは全体のありたい姿だ。
それぞれの項目のありたい姿が、どんな形で揃うと全体のありたい姿になるかを示す必要がある。
ここまで考えると、全体のありたい姿の実現には相当な挑戦がいることに気づくはずだ。
本当にこの項目だけで足りるのか、この項目とこの項目はかなり突き詰めないといけない。

基本は、全体のありたい姿とそれを実現するための武器、項目を揃えることが全てだ。
最初のうちは全体のありたい姿は方向性は示せても、ぼんやりしている。抽象画だ。
ただ、使えそうな武器が出て、幾つか揃ってくると、全体のありたい姿に具体が生まれる。
武器が増えるにつれて、具体度が増し、足りない武器が見えてくる。そんな循環が生まれる。

ここまでくると、全体のありたい姿がはっきりと見えてくる。計画に落とし込めるようになる。
いわゆる魂の籠った計画になるのだ。それを組織で共有すれば、単なる進捗管理ではなくなる。
数字遊びがなくなり、日々の活動を全体のありたい姿を意識しながら進めるようになる。
結局はパーパス経営的なことだろう。抽象具体の行き来。これが何よりも大切だ。