以前であれば、この言葉を聞くと、「靴」や「車」などを思い出した。
歩くのがとても早いので、どうしても靴をあちこちにぶつける。靴磨きが必要になる。
意外と重労働で大変だが、プロの方の仕上がりには全くもって到達しない。
でも、気づいたのはやはり高価で伝統的な靴の方が、磨きがいがあり、蘇る。
車も同様だ。そもそも塗装には深みがある。7層で塗り重ねたものも存在する。
光が入ると各層で反射や散乱を繰り返し、鮮やかな深みを表現するのだ。惚れ惚れする。
もちろん、暫く乗らないと埃だらけだ。雨の中で乗るとどうしても雨染みがつく。
そんな時に、洗車をしてワックスで磨き上げる。昔は色々なワックスを試して研究したものだ。
最近の磨き上げといえば、古くからある歴史的なものを対象にする場合が多くなった。
古民家や工場、寺社仏閣など歴史的建造物などについて考える。多くの場合、修繕が必要だ。
もちろん、修繕と言っても、自分で作業をするわけではない。使い方を考えるのだ。
もしくは、伝え方を考える。その建造物をどう活用して、何を伝えるのかを吟味していく。
つまり、単に修繕するのではなく、人が集い、人が楽しめる空間にデザインをするのだ。
歴史的建造物に新たな息吹を与えて、価値に変えていくのだ。そして、その対価を得る。
修繕にはもちろん費用もかかるので、マネタイズの仕掛けをしっかりと作っていく。
何より大事なことは、本物の空間に仕立てることだ。本物に人は感情を昂らせる。
磨き上げという課題に触れていると、「センス」が必要だとつくづく思う。しかも色々なセンスだ。
空間のメッセージを紡ぎ出すセンス、そのメッセージに沿って空間をデザインするセンス。
妥協のない調和を突き詰めるセンス。残念ながらまだセンスの全体像が表現できない状態だ。
前に進むしかない。色々な空間に触れて、自分なりの答えを探す道に入ろう。何事も積み重ねだ。