五感のこれから

人の能力の拡張。最近気になっていることだ。これまで人の能力は様々な面で進化してきた。
例えば、視覚。毎日お世話になっているメガネ。遠くのものや近くのものを見るのに必須だ。
さらに遠くを見たい場合には、望遠鏡もある。スポーツ観戦、天体観測などで活躍する。
逆に、小さいものをみる顕微鏡もある。原子といったごく小さなものまで見れる道具がある。

既に、とんでもなく大きいものから、とんでもなく小さいものまで、遠近が自在になっている。
更には、見えているものを消したり、見えていないものを足したりすることもできる。XRだ。
聴覚もほぼ同じだ。小さな音、大きな音を聞きやすいように耳に届けることは容易だ。
聞こえている雑音を消すことや、別の音を混ぜることも、小さなイヤホンで簡単にできてしまう。

最近では、視力を聴力へと変換して伝えることもできる。カメラで撮った動きを音に変換する。
右から動くものが来たら、右から近づいてくる音を鳴らす。ブラインドサッカーの鈴と一緒だ。
もちろん、逆もできるだろう。音を目に見える波のエフェクトと字幕に変えれば、完成だ。
人々が持つ能力の多寡は多様だ。不足があると感じる人は、こうした技術で能力が拡張できる。

味覚と触覚と嗅覚は、少し様子が違う。どちらかといえば、受動的な感覚ではないだろうか。
味や手触りや匂いをより強く感じる仕掛けもないことはない。でも心地よさはあまり感じない。
料理・ワイン、肌触り、アロマテラピーなど、人の感覚にバランスよく訴えかける工夫をしている。
繊細な表現を凝らして、新たな感覚や驚きを探している人に届けていくというプロが活躍する世界だ。

コロナでは味覚や嗅覚が無くなるといった症状が出た人がたくさんいた。食事から楽しさが消えた。
今後、脳に味覚や嗅覚を直接伝える技術も生まれるのだろう。不足分を感じた時に間違いなく役立つ。
現実を探求するために、五感を強化するのは良いと思う。でも、使い過ぎにも気をつけていきたい。
それぞれの人が持つ五感は少しずつ異なる。バランスも違う。その違いを大事に活かせないだろうか。