人が生きてくためにはエネルギーがいる。照明設備や空調設備などは生活に欠かせない。
遠い昔にこうしたものがない時代があったことなど、想像することができない。
キャンプなどで火を起こす経験をすると、スイッチオンで電気が付く有り難さを感じる。
冬、テントで何重にも服を着た上で寝袋に入って寝ると、エアコンの有り難さが身に沁みる。
昔の人は、太陽の光の温かさ、暖かさに感謝していたと思う。無限にエネルギーを注いでくれる。
日照りが続きすぎると、雨乞いはしたと思うが、それでも太陽は唯一無二のものだったと思う。
どうにかして、太陽のエネルギーを貯められないか、考えた人は多かったのではないだろうか。
貯めてはいないが、「干す」という行為は存分に利用していた。ものを長持ちさせる太陽の使い方だ。
現代には太陽光発電がある。だいぶ以前からある技術で、長い間進化を続けかなり普及してきた。
屋根の上に置くタイプのものや屋根になるもの、山肌や空き地に大規模に設置するものまである。
更には、道路に引いてしまうといった大胆な発想まである。高速道路などでの商品化が進んでいる。
いずれにせよ、太陽の光を受けると、瞬時に電気に変えて、それを電池などの蓄電装置に溜めていく。
残念ながら、太陽光を電気へ変換するとき、電気を溜めて後で引き出すまでに、まだまだ無駄がある。
それでも風力発電などと並んで、地球に優しい技術として更なる進化が間違いなく期待されている。
他には光をそのまま溜める技術もある。夜光と呼ばれるものだ。蓄光や燐光といった方が正確らしい。
紫外線を吸収して、時間をかけて可視光を放出する。受けた光をすぐに放出する蛍光とはちがう。
夜光は、吸収したエネルギーを可視光で放出するタイミングをいまのところコントロールできない。
エアコンなど大きな電気が必要となるものも動かせない。でも、光ならしばらく溜めておける。
LEDや光ファイバーの技術もある。夜光、蓄光の技術も、そろそろ進化がはじまらないだろうか。
ほんの小さな灯りかもしれないが、数時間持つエコな灯りができたらとても素敵だと思う。