資本主義経済の中ではノルマという概念が確実に存在する。基本、ノルマは必達だ。
例えば、上場企業なら、売上は計画から±10%、利益は±30%のズレしか許されない。
もちろん、本当に許されないかといえばそうではない。それ以上のズレには報告義務がある。
単純に計画のズレが生じてしまう会社は、株式市場から管理が上手くない会社とされるだけだ。
株価が上がらず、株主の期待に応えられず、投資対象として魅力がなくなっていくのだ。
だから、必死になってノルマを達成しようと、増収増益を続けようとしてしまう。
増収増益自体が目標になってしまうのだ。結果でなく、目標なので、色々なことが起こる。
増収増益にするための手段を考えるようになる。どうしたらよりお金を稼げるかだ。
最初は少しでも顧客に喜んでもらおうと必死になる。ただ、これは個人技としては限界がある。
うまくできる人はできるが、できない人はすぐに天井がくる。努力が結果につながらなくなる。
すると、別の手段を考え出すようになる。複雑になった仕組みの中で「バレない」が頭に浮かぶ。
顧客満足ではなく、お金が目標になった瞬間だ。こうなると歯止めが効かなくなるのだ。
次は、これをやればいい。こうすればバレない。そんなことに頭をつかうのだ。
顧客がどう思うかなど頭の片隅に追いやられる。バレないようにするための方法論を考える。
これがまずいのは結果がついてきやすいことだ。そして、それは誰でもできるのだ。
故に、組織ぐるみになっていく。みんながやっているとそれが悪いことではなく常識になる。
こうしたことが起きるのは、単純に資本主義経済だけが悪いからではないだろう。
運用の仕方次第で、顧客満足と株価を両立することだってできるはずだ。難しいだけだ。
人は価値に慣れ、同じ価値なら安い方が良いとなる。新たな価値を生み出すのは大変だからだ。
良い商品・サービスを提供し続ける。そうした本質に立ち返ることこそ大事なのではないだろうか。