考える癖。

コンサルタントを長年やってきて一番良かったことは考える癖がついたことだ。
日常の何気ない瞬間にも色々考えているような気がする。絵を見た時もそうだ。
左右対称で2つの塔が並んでいた絵があった。同じ塔なのに色味が違う。
最初に浮かんだのは油絵だからまだ描き途中。でも少し違う気がした。

次に浮かんだのは、塔の改修した年代が違うから。でも流石に合わせてくるはずだ。
では作者は敢えて2種類の絵を描いて見たのだろうか。それも違う気がした。
他の絵は、本物にそれなりに忠実に描いているような気がした。疑問は続く。
どうやら2つの塔は東西に配置されていて、西側の塔だけ陽の光があたっていたのだ。

ものが見えるのは全て光のおかげだ。当たり前だが光の当たり方が変われば色も変わる。
原理原則に立ち返れば、作者の意図は確実に見出すことができたはずだ。
最初はなまじ油絵の描き方を知ってしまったが故に、その新たな知識を使いたいと考えたのだろう。
素になって、自然の風景に立ち返って考えるより前に、最近覚えた知識を無意識に使っていたのだ。

良いのか悪いのか、なぜ間違えたのかをすぐに考える癖もある。より早く答えにたどり着く練習だ。
そんな時によく思うのが、知識はありすぎない方がよいということだ。単純に考えられなくなる。
知っていることから答えを探し始めるのだ。理想は、ゼロベースで考えることだと思う。
原理原則とか物理の法則とか、そういったより絶対的なものだけを拠り所に考えるのが良い。

もう一つ気をつけているのは、考える前提として、なるべく広い範囲の前提を見ようとする。
例えば、ある状態が生まれているのであれば、それに関わっている範囲をなるべく広くとる。
その広い範囲の中での合理性を見ながら、範囲を縮めていき、真に関わっている範囲を特定する。
枠を広げてから縮めるイメージだ。当たり前だが考える幅は広がる。きづくと考えてばかりになる。